将来の夢

  私、久保亭店主、久保定良の夢は、小学校6年生のときから決まっていました。それは、今の仕事の「焼肉屋
さん」でした。
  私が子どものころ住んでいたのは、大阪の京橋。我が家は、とても貧乏で、外食に行くなんてありえない環境で育ってきました。しかし、家の周りは、いろいろなお店があり、その中でも焼肉屋さんは僕の中で格別でした。家から白飯を持ってきて匂いだけで食べてやろうか!!って思うくらい「素敵な匂い」でした。何度か家に帰ってオカン!焼肉食べに連れてってぇや!」とチャレンジするも、母親は「あかん!」の一点張り・・・・めちゃくちゃ腹が立った事を今でも覚えています。
  それが・・・忘れもしません!6年生の夏に親父が「今日は外に飯くいに行こ!」と言ったのです。しかも焼肉屋さんにです!私は正直耳を疑いました。そして次に思ったのが、これが最後の晩餐??焼肉を食べた後、無理心中か??と小学6年生ながらこんな事を考えるくらいビックリしました。

はじめての焼肉屋さん

  行ったお店は、今も忘れません。京橋にある「松井」というお店です。何を食べたかはよく覚えていないのですが、これだけは覚えています。一回吐いて(リバース)して満腹の胃袋を一旦空にし、再び食べました。(汚くて申し訳ございません)その時に思ったのが、「焼肉屋さんになったら、毎日こんな美味しいものを腹いっぱい食べれて、お金持ちにもなれるんちゃうん!」このときめいた気持ちだけで将来の夢を決定してしまいました。

学生時代

  そんな気持ちを持ったまま中学生になりました。とにかく勉強はせず、その頃から「俺は焼肉屋になんねん!足し算と引き算ができたらええねん!」とずっと言っていました。が、困ったことが起こりました。高校受験・・・そう、行ける高校がなかったのです。正直生まれてはじめてあせりました。
  その時、いろいろと考えました。「なんで高校に行くのに受験をしないといけないねん。行かんとこかな・・・でも行かんかったら、仕事せなあかん。・・・いやや、もっと遊びたい!」
  私にとって、初めて訪れた壁でした。高校に行っても遊びたかったので、死にもの狂いで勉強しました。
その甲斐あってかどうかはわかりませんが、ギリギリ合格。その時に、いろいろな人が助けてくれました。先生や親、そして今までしゃべったこともない成績の良い子が助けてくれました。
  先生や親、そして今までしゃべったこともない成績の良い子が助けてくれました。でも、その時は感謝という気持ちはまったくなかったです、全て自分の力だと思っていました。

就職、行き先はもちろん焼肉屋

  無事に・・・?高校を卒業。4月に入社、さぁ仕事です。就職先はもちろん「焼肉屋さん」です。しかし入った瞬間思いました、『選んだ道を間違えた』と・・・
  とにかくめちゃくちゃしんどいのです。最初は、肉切って、タレつけて、出したら終わり。というくらいにしか思っていなかったのですが、とにかくやることが多い。網洗いから始まり、掃除、野菜の下準備から、先輩のお茶だしまで、もう言いきれないほどの仕事の量でした。おまけに、拘束時間がながい!当時は、朝9時から夜中の1時2時は当たり前。休みも月に2,3回程度。ここは本当に日本か?と思いました。
  お店はとても忙しく、毎日クタクタ。一ヶ月があっという間に過ぎた、ゴールデンウィークにある事件は起きました・・・・

逃亡そして・・・

  5月のある日、仕事中にふと「このままでは死んでまう!もう焼肉屋なんかええわ、出て行こう!」
  そう思いコッソリ裏口から逃げようした瞬間、先輩に見つかってしまいました。当然、すごく怒られ、正直殴られもしました。その時に、怒られながらも、社長や先輩に良い話を聞かせてもらい、泣いてしまいました。
  いろんなことを言われました。「何事からも逃げるな!そして、お前の持っていない『人に感謝する気持ち』を持て!お前一人で世の中回っているんやないぞ!!!」と言われました。その時、本当に凹みました。本当のことだったので・・・
  それからは、めちゃくちゃ頑張りました。一心不乱に仕事をしました。そして皆に「ありがとう」って言えるようになりました。 少してれましたが、受験の時に助けてくれた友達にも会って「ありがとう」っていえるようになりました。そうなってからは、楽しいことだらけになりました。目の前で起こる現象は変わらないのですが、自分が変わると同じ出来事でも楽しくなってくるのです。仕事の辛さや労働時間の長さ、今まで嫌だったのが楽しくなってきたのです。

独立と大きな試練

  大阪での修行後、御縁があり丹波に来て、20年目にして念願の独立を果たしました。その年にやってきたのが『BSE問題』正直迷いました。今までがむしゃらに走り続け、お客様に喜んでもらう為に頑張ってきたが、そのお客様が来ない日々が続いたのです。
  言葉に表せない苦しみがあり、「もうあかん、死のう!」と思った事もありました。そんな、店も自分もどん底だった時に助けてくれたのはお客様でした。
いつも遠方から、3世代のご家族でご利用いただだいているお客様がこられた。
「しんどやろと思って家族で来たよ。正直、今はいろんな情報があって肉はこわいんやけど、お兄ちゃん信じてるし、大丈夫やと思えるもん出してな」と、あたたかい言葉を頂きました。
その言葉の裏にある、『お兄ちゃんが大好きやからな』という気持ちは、今思い出しただけでも涙が出そうなくらいです。
そんな最大の苦しみと最高の思い出を味あわせてもらったBSE問題。今となってはいい経験になりました。(もう二度と問題は起きて欲しくはありませんが・・・)

久保亭開店

2006年、丹波市柏原町に新しいお店「久保亭」をオープンさせていただきました。
最初は大好きな焼肉がいつでも食べれてお金持ちになることだけを夢見た焼肉屋。しかし、自分が、色々な人によって生かされているのを教えてもらった今、「焼肉」を通じてお客様が、楽しく食事して頂き「おいしかったよ」「また来るね」と言っていただけるだけで、焼肉冥利に尽きるというものです。

 焼肉バカと呼ばれてもいい、焼肉を通じてあつく生きたい、あつい想いでお客様と接していきたいと思っています。
  今後とも「炭火和牛久保亭」をよろしくお願いいたします。 店主 久保定良

スタッフ募集

昔、私が描いていた夢はある意味叶った。次は、この経験や情熱を、次の世代の方の為に生かせればと思っています。目の前のお金の為でなく、もっと先の目標や、将来の自分の為にがんばる人を応援したいと考えています。
久保亭は、がんばるあなたを応援します。
一緒に熱く働きましょう!

久保亭
〒669−3301 
兵庫県丹波市柏原町南多田472−1
TEL (0795)72−3277

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